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大学生活 娘の事

突然の病気 線維筋痛症の疑い

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アメリカから冬休みで一時帰国していた娘ですが、アメリカに帰る予定の数日前に体調が悪いことに気付きました。

病院にかかったのはアメリカに戻る日の2日前。

一体どうしたのか、留学中に病気になったらどうなるのか、今回はそのことについて書いていきます。

体調の変化

日本に帰国し、しばらく筋肉痛のような痛みを感じていたようですが、チア部で相当な無理をしていたので、その影響と思っていたようでした。

年末に家族でキャンプに行った際、実際寒かったのですが、娘はそれ以上の違和感を感じていたそうです。靴を履くとつま先が痛い、冷たい風が痛い、肌を触ると痛む。

でもこれも、最近太ったからかな、筋肉痛かなと思っていたそうです。

娘はそのまま様子を見ていて、いよいよ痛みが普通ではないと感じ私に相談してきました。

アメリカに戻る3日前の出来事です。

「お母さん、こうやって触っただけで痛い?」腕を軽く撫でただけで痛いというのです。これはおかしいと、翌日病院へ行かせました。

病院での診断は…線維筋痛症の疑い

私は仕事だったので、娘だけ近医の脳神経内科に受診させました。診断の結果、線維筋痛症が疑わしいとのことでした。

線維筋痛症は痛みが3か月継続しないと診断がつかない病気です。帰国してからの筋肉痛らしき痛みも症状として考えてもまだ1か月。診断するにはまだ早いという事です。

この病気の主症状は痛み、この痛みは全身に及び、ひどい場合日常生活が出来なくなる、そんな病気です。

レディーガガがかかったことで有名になった病気でもあります。

医師は2日後にアメリカに戻ること、保護者がいないこともあり、検査はできないし、どうすることもできないとのことでした。現段階では線維筋痛症の標準的な治療である抗うつ剤を飲んだ方が良いと、28日分処方をされ、帰ってきました。

昼休みにいったん帰宅した私は唖然としました。そんな病気になっていたとは思ってもいなかったからです。

そして19歳の娘が抗うつ剤をのむこと、まだ診断も付いていないのに、抗うつ剤を飲み、ましてアメリカに帰すのは不可能だと思いました。

午後、仕事を休ませてもらい、すぐに専門医を探し、予約なし、紹介状なしでみてくださる病院があり、すぐに診察に行きました。

その日は娘は全身がいたく、線維筋痛症のチェック項目である痛みの場所18か所中15か所も痛みがでていていました。痛みというのは服が当たると痛いとか、髪をとかすのも痛い、圧がかかるのも痛むので、車に座っているのも困難な状況でした。

また手足がキンキンにひえていて、寒い寒いと言っていました。確かに寒い日でしたが、異常なほど寒がっており微熱もありました。

その病院でも、線維筋痛症かもしれない、そうではないかもしれないが、限りなく近いとの診断でした。

その医師によると、抗うつ剤は飲まない方がいい、少なくとも私なら処方しない。痛みを抑えるには弱オピオイドといって、麻薬の一種の痛み止めでないと効き目がないので、そのような薬で痛みを抑える治療になるとのことでした。

ただ、アメリカに戻るのであれば、すぐにオピオイドをはじめて、その後の処方はアメリカで、というのは難しいでしょう、とのことでした。そのため、娘がアメリカに戻るのか、日本で治療するのかはっきりするまでは、まずは影響のすくない血流をよくする抗アレルギー剤の一種で対応することになりました。

アメリカに戻る?戻らない?どうしたらいいのか・・・

私は、娘の体調が正常になり、診断がつき、アメリカで勉強できるような体調になるまでは日本で治療すべきとおもいました。

娘もあまりの痛さに、このまま戻れないと思う反面、単位が取れなければドロップアウト(退学)してしまう、休学はできるのか、学費はどうなるのか、わからないことばかりで混乱していました。

私たちは留学のエージェントにすぐに連絡しました。まだ新学期が始まったばかりなので、診断書をとって、連絡すれば、一学期休学することは可能でしょうとのことでした。

それを医師に伝え、英文の診断書を作成してもらい、その日は帰宅しました。

娘の気持ち

娘としては、すぐにでも戻りたい、勉強が遅れるのは困る、このような病気は理解されるのか、部活はどうすればいいのか、戻っても痛みが出たら勉強も生活もできなくなるのではないか、などと様々な不安を感じていました。

オンラインで一学期授業を受けることはできるのか、出来たとしても、アメリカで生活することが大事と考える娘は、オンラインでは意味がない、単位を落としたら今までの苦労が無駄になる・・・このように、娘の気持ちは焦るばかりでした。

とにかく大学に相談してみよう、どんな選択肢があるかそれを知ってから考えていこうと話しました。

大学に連絡する

現地時間の朝9時、こちらの0時、大学に連絡しました。そうすると、雪で大学は閉鎖するので週明けまで担当者とは連絡がとれない、担当者にメールをしてほしいとのことでした。電話口に出た方も、担当者にはメールをするが、話が進むのは週明けになるだろうと。

先にアメリカに戻っている、日本人の友人や、ほかの友人にも相談し、オンラインで授業ができるのか、担当者見かけたら、すぐ娘に連絡するよう言ってくれるなど、友人みんなが協力し励ましてくれたようで、むすめも少し安心したようでした。

病気になったとき、留学しているということは本当に大変なことと実感

このような緊急事態でも、雪で閉鎖された大学には連絡はできないこと。しかもアメリカの田舎町。

診断がついていない病気を継続してアメリカで治療することは困難である。診断がついたとしても、日本で処方される薬は最大3か月分、副作用のチェックも出来ません。

留学生の保険ではこのような疾患に対して保険は使えないでしょう。

日本で治療したくても、珍しい病気だったりすると時間もかかる。

アメリカに戻れても、環境はよくない。例えば娘の部屋は、マイナス10度になるところなのに、暖房が壊れています。一日3回シャワーをあび体を温めていたそうです。食事も鮮度が悪かったり、生焼けだったりします。

勉強はハードです。休んではいられません。

このような状況で留学を継続することは普通に考え困難極まりないと思いました。

 

留学生活は思ったよりストレスフルな生活だった

娘の話を聞くと、アメリカで生き抜くには思ったことは何でも主張をし、自己主張をしていかなければならないと強く感じました。そして自分に負けてはならないというプレッシャーを感じました。

日本を出るときとはすっかり思考は変わり、強くなったというか、強くなるために、アメリカで通用する自分を必死に獲得しているのだなと感じました。

勉強面でもテスト前は睡眠もとらず、食生活もみだれていました。

わたしが想像するよりはるかに娘は大変な日々を送っていました。若いから大丈夫…それは大きな間違いだったのかもしれません。

病気になった原因はわかりませんが、明らかに娘の体は悲鳴を上げている、そう感じました。

漢方との出会い

私には一番気になるのが、娘の冷え切った手でした。病院に行った日が一番痛みが強く、マックス10とすると8の痛み。翌日は0.5の痛みと、痛みにムラがあったのですが、冷えは変わらない。

薬膳でも作ったらいいのか、と考え漢方の薬局に相談してみました。

そこの薬剤師さんはとても親切で、娘に何があったのか、留学をした当時からの話、そして細かな症状をじっくり聞いてくれました。

病名はともかく、なにか免疫疾患のような印象を受けるとのことでした。

免疫が低下している、血液も滞りが生じているため、それを改善することを進めてくれました。漢方では病名で薬は処方しないそうです。

血流改善、痛みの緩和などを主においた漢方薬を2つ処方してくれました。

なにより、その薬剤師さんが本当に優しく温かい人で、私は泣きました。

娘によくなってほしい、これを飲んでほしい、娘は運がいい子だからきっと大丈夫と私たち親子を励ましてくれました。2時間近く私たち親子の話をきいてくれました。

医療は心である、私は本当にそれを痛感しました。

そして帰り道、すぐに漢方を飲みました。キンキンに冷えた手がポカポカになったのです。それには本当に驚きました。

翌朝も漢方を飲むと、また冷えた手が温かくなりました。血の巡りがよくなったことは実感しました。漢方がきいたのかわかりませんが、痛みは嘘のようになくなっていました。

しかし、夕方になり買い物に出るとやはり違和感がある。痛みがところどころ数秒走ったり、頭皮に違和感を感じるそうで、まだ正常ではないと感じました。

アメリカに帰るのは延期しました

実は今日がアメリカに帰る日。娘もしぶしぶ日本に残ることを決心しました。まずは症状がでないこと、本当に線維筋痛症なのか、しっかり確認し必要なら治療してから戻る、ということにしました。

それを友人に報告すると、友人がみな理解し励ましてくれたそうです。

来週繊維筋痛症の専門医に診察してもらう予定です。今後どうするかは、その診察をうけ考えようと思います。

アメリカの大学のあるある 友人との別れ

アメリカの大学ではよくあることなのでしょう。大好きな友人が4人も今学期を継続せず大学を去ることになったそうです。

娘は今回アメリカに帰るのを延期したため、友人に会えずに、お別れすることになりました。異国の地で親切にしてもらい、ともに勉強したり遊んだりした大事な友人が去ってしまう。病気で痛んだ心がさらに痛みます。

一人はルームメイト。アメリカ人で毎日一言英会話と言って、英語を教えてくれたり、車でスーパーに連れて行ってくれたり、と本当に仲のいい友人だったそうです。もう2人はブラジル人の年上のカップル。入学当初より娘のことを妹のようにかわいがってくれ、忙しい中でも必ずチアの応援に来てくれたそうです。もう一人はブラジル人の男の子。2年生で試験中で時間がない時も英語を教えてくれたそうです。遊びにもよく誘ってくれたそうです。

アメリカの大学では、金銭的問題で留学生が留学を継続できずに帰国することも、レベルアップのために大学を変えることも普通のこと。

それが今現実となり、本当にショックを受けていました。

留学って、本当に大変なことだな、と思いました。しかしたった3か月で、心を許せる友人ができたことを、母として娘を誇りに思いました。そして、娘を助けてくださった友人みなさんに感謝しかありません。

 

留学中アメリカで病気になったらもっと大変だったでしょう。ハードな留学生活では病気と気付かずに悪化してしまうことも考えられます。日本にいるうちに発見できて本当にラッキーだった、今はそう思うしかありません。

人生において、時には思いもよらぬこと、思い通りにならないことが起きる、それを実感し、娘はまた強くなるでしょうし、体を大事にすることも知るでしょう。

留学を考えている方は、こんなことも起こるかもしれないと心にとめていただければと思います。

 

かわいい子には旅をさせよ

このブログがこれから留学を目指す方、留学させたい親御様のために少しでもお役に立てれば幸いです。

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  • この記事を書いた人

きっちゃん

きっちゃんです。三人の子供がいます。長女がアメリカの4年制大学に留学中です。留学するにあたり、留学までの経緯や準備したこと、入学の実際、大学生活などを母親の目線からこのブログで紹介しています。これから留学したい方、また留学中の方、そのご両親によんでいただけたら嬉しいです。きっと何かのお役にたてると思っています。 そして悩みの多い留学生活です。このブログを読んで、アドバイスや相談などもしていただけたら嬉しいです。コメント大歓迎です。よろしくお願いします。

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